奈良山友会 山行の記録

南奥駈道縦走
熊野本宮〜東屋岳
《ウオンテッド編》

2015年5月2日(土)〜4日(月)



< メンバー >
L.なべちゃん、ウオンテッド

 < コースタイム >
  5/2日(土) 八木9:15 − 14:24本宮大社前・蒼空ゲストハウス(泊)

  5/3(日) 熊野本宮7:12 − 8:01十津川温泉8:44 − 9:20玉置山P.9:30 − 
9:45玉置神社10:00 − 玉置山10:12 − 10:30玉置山展望台10:50 − 花折塚11:05 − 
古田の辻12:00 − 貝吹金剛12:40 − 11:15香精山11:25 − 13:52東屋岳13:55 − 
香精山14:25 − 貝吹金剛14:50 − 稚児の森16:00 − 17:05展望台(泊)

5/4(月) 展望台5:25 − 玉置山5:45 − 5:55玉置神社6:20 − 旧篠尾辻7:00 −
7:25大森山7:30 − 南峰7:40 − 8:35五大尊岳8:40 − 大黒天神岳10:00 − 吹越権現10:50 − 
11:25七越峠(ささゆりの広場)11:35 − 12:20本宮12:52 − 15:00紀伊田辺15:30 − OCAT18:55(40分遅延)


松本清張の傑作長編小説に『点と線』がある。
今回の南奥駈テント山行は、その「点」と「線」をなぞらえたものである。
 まず「点」は、玉置山展望台である。
「線」はというとこれがない。
強いていえば、初日の奈良交通の新宮行き特急バス(八木駅〜本宮大社前)がこれに当たる。


5/2日(土)
 大和八木駅の改札を出ると、バス乗り場は長蛇の列。
すぐに分かったことだが、関空へ行く人の列だ。
案内係に乗車位置を聞き、前の方に行きかけると、人込みの中からなべちゃんの声があった。
少し早めに来たとのこと。

コンビニできょうの昼食と缶ビールを買い、奈良交通の案内所で「168バスハイク乗車券」を購入する。
このチケットは、指定区間なら何度でも乗り降りでき(といっても、特急バスは全3便)、有効期間も2日間有効。
奈良県東部、南部地域振興のため、指定の宿泊施設に泊まれば、
片道、もしくは往復のバス代がキャッシュバックされるというお得な乗車券である。
去年に引き続き、今年度も実施中だ。
納山会で利用するのもいいかもしれない。
ブナ山、法主尾山、唐笠山、玉置山など山は限られるが。

 車内はほぼ満員。
普段は数人しか乗ってないことが多いが、やはりゴールデンウイークだから。
バスは、上野地、十津川温泉で15分のトイレ休憩を取り、特急とは名ばかり、
律儀に各停留所に停まりながら終着新宮駅を目指す日本最長の路線バスでる。
5時間にわたるバス旅もなべちゃんとのおしゃべりで退屈せず、定刻通り2時24分に本宮大社前に着いた。

 

 本宮大社は、ぼくは中辺路、小辺路などで数回参拝しているが、なべちゃんは初めてとのことで、
旧社地の大斎原と合わせ、道中の安全無事故を祈るため参りする。



きょうの夕食とアルコールを近くのコンビニで仕入れ、旅人の宿「蒼空ゲストハウス」に向かった。
ネットで見るより瀟洒な平屋で、若いオーナーが玄関先で出迎えてくれた。
聞けば、6年前に始めたが、2年前の水害で床上まで浸水し、改装した由。
室内も真新しく清潔である。
部屋の一隅にある茶箪笥が目を引いた。

風呂上りに飲むビールは、いつも乍らこの上もなく旨い。
日本酒は新宮の「太平洋」と「熊野川」。
なべちゃんとシェアして飲み比べする。
まったり、すっきり、どちらがどの銘柄か忘れた。
心持ち酩酊し、いい気分になって10時ごろ?寝に就いた。


 5/3(日)
 翌日、5時過ぎに窓のロールスクリーンを開けると曇天。
そのうち雨も降ってきた。
山行初日なのに出端を挫かれる思いだ。
少し早いが上下カッパを着る。
 6時半の朝食(ここはB&B)。
まず、ポタージュスープが出され、スクランブルエッグ、ウインナー、ベーコンは定番だ。
後は食パン、コーヒー、ヨーグルト付き。


 
 朝食を早々に済ませたなべちゃんは、奥駈順峯の起点、備崎橋に向かうべく7時前に宿を出て行った。
それをオーナーと玄関前で見送る。

一足遅れ、7時12分のバスに乗るため、今度はぼくが見送られて宿を後にした。
 十津川温泉のバス停で、村営バスの乗り継ぎに小一時間の待ち時間があったので、「庵の湯」に入った。
早朝で湯槽を独占。
眼下にダム湖を見下ろせる。

 8時44分発の「世界遺産予約バス」は、昴の湯〜十津川温泉〜玉置山間を運行
(土日、祝日、玉置神社例大祭日運行)する予約制のバスである。
9時20分に玉置山駐車場に着いた。

 前置きが随分長くなったが、ぼくの山行はここがスタートだ。
玉置山神社の御手洗場できょう明日の水を補給する。
お参りは明日に回して、先ずは玉置山の山頂を目指す。
末社の玉石社を過ぎるとますます傾斜が強まる階段道だ。
10時12分に玉置山山頂に着く。
一等三角点がある。
宝冠の森への分岐まではシャクナゲのトンネルをくぐって歩く。


 
 花はまだつぼみが多いがちらほら咲いている。
奥駈道に沿って走る林道に出ると、玉置山展望台に着いた。
ここは、展望台、東屋、トイレが適度の間隔で設置されている。
さっそく展望台の真下にテントを設営する。

水、行動食、雨具、ヘッド電、カラビナなどの3点セットをサブザックに詰め込んで、東屋岳を目指し奥駈道を北上する。
今頃、なべちゃんはどこを歩いているのだろう。
 何度か、奥駈道と林道の出入りを繰り返しながら、花折塚を過ぎ、古田の辻。
ここは右、上葛川、左21世紀の森の分岐点に当たる。
ここまでは奈良交通のバスハイクで玉置神社から歩いた。
ここから先が未踏のコースである。
ここを境におおむね登り一辺倒の山道だ。
少し登ると、あふれるような新緑の中、左手に21世紀の森の駐車場に多くの車が停まっているのが見えた。

 時折薄日も差してきたので、カッパを脱いだ。
一層身軽になる思いである。
貝吹金剛を過ぎると登山道は急峻になり、一息にといいたいが、何度かの息継ぎをして難所を登り切る。
このあたりから反対方向(本宮方面)に向かう人たちに出会うようになった。

グループは大体2人組が多い。
単独行の人も数人いた。
挨拶をしても無言で通り過ぎる人もいる。
 香精山には1時15分に着いた。
ヤマツツジが1株、目を癒してくれる。
ここで昼食を摂る。

香精山は知人、森沢義信氏の著書『奈良80山』の1つで、1座達成できて嬉しい。
あと、果無山脈の冷水山を含む4座を残すのみになった。



 頂上を後にしてから、高圧鉄塔の付近で、今回の山行で初めて男女のペアに出会った。
(なべちゃんを別として、後先唯一の女性であった)ガスが遠望を妨げる。
でも、雨に濡れた新緑が美しい。
途中、ミツバツツジの花びらが道にこぼれていた。
もう時期的に遅いと思っていたが、その先に一杯咲いていたところがあった。
そこからほど近く、四阿の宿があり、東屋岳があった。
1時52分着。

約3時間の行程で、予定時間を1時間短縮でき更に前回の笠捨山、地蔵岳山行のコースと繋がり、大満足だ。
 テン場5時帰着を目指して早々に引き返す。
往きはじっくり景色を楽しむ余裕もなくぶっ飛ばしてきたが、帰りは携帯で写真を撮りつつ、足元に注意しながら少し飛ばし気味に下る。
途中、往きで出会った人を1人抜く。
気持ち良い。
抜かれるのは嫌いだが、抜くのはいい気分だ。

21世紀の森の近くで、高圧鉄塔そばで出会った女性を追い抜いた。
「あれ、単同行だったのか」と思っていると、下でもう1人の男性が休憩をしていた。
女性に「きょうは玉置神社まで行くの?」問うと、かなり疲れた様子で、「多分、21世紀の森、前にいる人に聞いて」と返された。
 古田の辻の先からは、奥駈道は通らず単調であるが林道を歩いた。
こちらの方が明るく、展望が好いからである。
でも登るにつれガスが巻いてきて、前方の玉置山も見えなくなった。



 展望台には5時5分に帰着した。
東屋に張ってあったテントに声を掛けると、男性が顔を出した。
なべちゃんはまだらしい。

テント内を片付け、夕食の準備をしていると、車の停まる音とともになべちゃんの声が聞こえた。
弁当屋のおじさんに玉置山駐車場から送ってもらったとのことで、甘夏のお土産も。
1つお裾分けを受ける。
見てくれは悪いが、ジューシーでおいしかった。



 今日の晩ご飯は、レトルトカレー。
重いが真空パックごはんをボイルして、きうりとプチトマト、黒豆、ツナ、コンビーフのサラダ。
遅れて夕食支度の整ったなべちゃんとささやかな宴会をする。
日本酒、ワイン(ぼくの好きなロゼ)。
十津川温泉で缶ビールを買うのを忘れたのが悔やまれる。
宴たけなわのころ、展望台の階段を上がる音がする。
そしてテント設営をしているらしい。

単独行の2人で、もう一人の人は実によくしゃべる。
自分を棚に上げていうのも変だが、のべつ幕なしにしゃべっていて感心する。
その内、慣れたと見え、気にならなくなった。
あすは4時起き。
出発を5時半に予定しているので、早々にお開きにする。
酒の量も少ないしで。

 
5/4(月)
4時前に起床。
眠りが浅く、少し睡眠不足気味。
一晩中雨音がしていた。
朝食の準備に取り掛かる。
サラダは昨日の残り。
あと、鳥雑炊(真空パックごはん+ちょっと雑炊)、牛乳、バナナ。

 手際よくテント撤収を終えたなべちゃんとお互いの健闘を誓い合って諸手の握手を交わす。
そして、5時過ぎ、まずは笠捨山を目指して、霧の中を消えていくなべちゃんを見送った。
 15分遅れて、きのう通って来た道を引き返す。
かつえ坂を登ると玉置山。
下れば玉置神社。
社務所の横手にお神酒(神代杉)がお神酒徳利にいれてあり、タッパーにかわらけも入っていて、ありがたく一献いただく。
境内を抜けると、本宮の辻(玉置の辻)の看板に導かれて下って行く。
神社の境内には奥駈の案内板が殆どないため、結構うろうろしている人が多い。
きのう、きょうと2人に道を尋ねられた。

 本宮の辻で舗装された林道に出た。
それを横切り、右手の幅広い奥駈道を進む。
落石や崩壊で少し荒れている。
しばらくして、細いがしっかりした道になった。
周囲はおおむね杉の植林で景観的には単調である。
そのうち、大森山への長い登りになった。
頂上に三角点はなく、南峰(大水の森)にそれはある。



標高は1044.9m。
これより南に1,000mを超す峰はない。
一旦、篠尾(サザビと記してあった)の辻に降り、五大尊岳に向かって登り返す。
ここの登降がきついと事前に聞いていたが、登りはさほどではなかった。
緩やかな尾根歩きがあって、登り切ると石仏が祀られた五大尊岳の頂上に出た。
これで、山と渓谷県別登山(奈良県の山)旧版で、峰山1座を残すのみになった。



 しばし休憩を取り、下りにかかる。
始めは緩やかな尾根で、嵩を括っていたのであるが、ところどころロープが懸けられた劇下りになった。
前を行く若い2人組の一人が滑って転んだ。
慎重に下る。

 細かい雨が降る中、相次いで2人組が登って来る。
1組は50歳前後だが、トレランと思しき上着に短パンという軽装である。
もう1組は30歳台の若者。
でもこれが最後で、玉置山方面に向かう登山者は見なくなった。
きょうも3組ばかりを追い抜いた。
それも息子くらいの若者をである。
オジンの底力を見せてやるといわんばかりに。
チョー気持ちいい。

 六道の辻に着いてほっとした。
距離的には約半分終わったことになる。
ここから大黒天神岳への登りにかかる。
すっきりしない天気で、お腹がすくが、腰を下ろす気にもなれないので、水を飲みながら歩き続ける。
暑いので、カッパの上着を脱いだ。
時折、左手からまぶしい光線のようなものが差す気がするが、疲れてきたからか?



 大黒天神岳には本山行最後の三角点があり、タッチのみして先を急ぐ。
緩やかな尾根道は自然林で新緑が瑞々しい。

林道が横切る山寺峠の手前、少し小広い台地には宝夾印塔など宗教モニュメントが沢山建っていて、独特の雰囲気を醸し出している。
このあたりで出発してから6時間を経過し、さすがに疲れてきた。
吹越権現で、本宮まで2.9kmとある。
その先で、下向橋への分岐があり、2人組が休憩していた。
分岐を右折すれば、本宮まで下り1時間半。
少し気持ちが揺らいだが、吹越峠、七越峠の道を選ぶ。
10分ほど長い上、低いもののアップダウンがある。

ささゆりの広場からは、眼下に熊野川の流れが見渡せ、大斎原の大鳥居や本宮大社の杜が望まれた。
この大観を眺めながら遅めの昼食を摂った。
昔の修験者はこの景観を前に歓喜したことだろう。



 初日、下見に来た登山口に降り立った。
備崎橋を渡り、本宮には12時20分に着き、今回の山行にピリオドを打った。
また、奥駈道全縦走完歩でもある。

わずかに残った2区間の落穂拾いを決めて何年になるだろう。
思えば、奥駈道に初めて足を踏み入れたのは、中学1年生、13歳の時である。
山上さん参りとして、近所の同年代の子供たちと、先達さんに先導されて山上ケ岳に集団登山をした。
実に55年も前のことだ。
その割には感動はさほど感じられない。

 紀伊田辺行の龍神バスが12時52分と丁度いい時間にあり、缶ビールと1カップ(太平洋)を買って、バス車内で一人祝杯を挙げた。
バスは、川湯、渡瀬、湯ノ峰の温泉地に停まりながら、新緑まばゆい日高川沿いを紀伊田辺駅目指して走って行った。
紀伊田辺でこれも連絡良い高速バスに乗り換えて、OCATに着き、8時半過ぎに帰宅。
3日間の南奥駈テント山行を無事終えた。

 この原稿を認めている今、昨日とは打って変わった五月晴れというにふさわしい天気である。
なべちゃんは、最後の宿営地、前鬼小中坊に着いた頃だろうか。
あふれかえる新緑の中、ラストスパートをかけているに違いない。

 自分も含め、人の計画に乗っかることが多い中で、自身で計画を立て実行する。
そんな人は、奈良山友会でも数人を数えるだけだろう。
向上心や実行力は尊敬に値する。
奈良山友会の中核を担っていって欲しいと思う。
 最後に、またとない機会を与えてくれたなべちゃんに感謝します。
ありがとう。

文:ウオンテッド  写真:なべちゃん