奈良山友会 山行の記録

湖東 三上山(近江富士)〜北尾根縦走路

2013年11月5日(火)



<メンバー>
Lえみーる、SL buhiko、miichan、トレモロ、ころり、もっちゃん、よーちゃん、みさちゃん、サンキュー、teo、ウオンテッド
 
<コース・コースタイム>
京都駅8:45→9:14野洲駅−三上山表登山道・登山口10:10−11:15山頂11:25−東光寺日陽山(昼食/12:10〜12:45)−
分岐13:05−13:10妙光寺山13:20−13:40出世不動尊14:00−三上神社・池14:15−14:50野洲駅15:00→15:28京都


正しく日本の秋。野洲駅を出て、市街地が途切れ、すでに刈り取りの終わった田んぼの先に三上山があった。
その背景には穏やかな秋晴れの青空が広がっていた。



三上山、別名近江富士。藤原秀郷(俵藤太)のムカデ退治伝説で有名なことから、ムカデ山とも呼ばれている名山である。
この山は432mと低山ながら、湖東に独立峰として立地していることから、
その裾を通る中山道や野洲川の左岸を行く東海道からもま近かに眺められ、多くの文人墨客にその優美さを称えられてきた。

   打ち出でて三上の山を詠れば雲こそなけれ富士のあけぼの (紫式部)
 三上山のみ夏知れる姿かな (松尾芭蕉)

これらの和歌や俳句も、今回の山行の山行記録を書く必要から始めて知った。

そして、現在。名神高速道路で東上する時、随分手前から右に左に、そして真正面に見える。
また、JR東海道線、東海道新幹線の電車が野洲川橋梁を渡る時、右手車窓にその秀麗な姿が望まれる。
琵琶湖を挟んで、対岸の比良の山からもその独特の円錐形の三上山が眺められる。

さて、前置きが長くなった。先に進もう。
途中、中仙道と朝鮮通信使街道の交わる行事神社に立ち寄った。
境内には鳥居と拝殿の間に大きな勧請縄が張られていて、毎年正月に架け替えるそうである。

三上山表登山道の登山口は、一見民家と紛らわしい妙見結社の先の猪除けの扉を過ぎたところから始まる。
いきなりの急登である。昔ここから魚を釣ったという魚釣岩を右に見て、殆ど直登に近い石段をあえぎあえぎ登って行く。

やがて狭い平坦地が現れた。ここが妙見堂の跡地で、今は数基の石灯篭や手水石が残るのみで、建物はない。
灯篭には、文化年間の刻印が刻れてあった。境内を限る玉垣は倒壊し、土砂に埋もれかけていた。

ここから又も急傾斜が続き、登山道を右手に反れたところに、割岩と呼ばれる大岩があった。
リーダーが、「ここでザックはおいて置いて、空身で岩を潜ります。」と言った。
傍に行って見ると、30,40cmの隙間がうがたれていて、細身の自分ならザックを担いでいても抜けられそうだと思い、そのまま進んだ。
下見にきたトレモロさんが、「途中でつっかえるから、ザックは外したほうがいい。」と言われたものの、強引に前に突き進み、出口近くで立ち往生した。
ザックがパッキングとなって、にっちもさっちもいかなくなった。そこで、忠告通り、何とかしてザックを肩から外し、頭上に載せてやっと抜け出ることができた。
肘と脛に痛みを感じたので、シャツやズボンの裾をまくって見ると、すりむいていて、足などは、内出血していると見えて青黒くなっている。

「意地を張って得することは何もないよ。」というサンキューさんのことばが、一瞬胸によぎったが、性懲りもなく同じ過ちを繰り返してしまうのである。
皆、ザックを置いて難なく通過した。



元の登山道に戻り、さらに傾斜を増した岩の露出した道を登って行くと、
登山口近くで我々を追い抜いて行ったおじさんが、すでに登頂を終えて降りてきた。
聞けば、毎日三上山に登っているそうだ。

やがて、右手南西方向が開けて展望台に着いた。
ここは一枚岩の大きなテラスで、眼下の近江平野はもとより、琵琶湖やその向こう対岸の比叡、比良の山並みもうっすらと霞んではいたが、見渡せた。

 

鳥居の前で集合写真を撮り、そこから2,3分ばかりで頂上に着いた。
意外にも三角点はなく、国旗掲揚の長い旗竿があって、日の丸がゆったりと翻っていた。

頂上から反対側の下りは、登りにも劣らぬ急傾斜で、足元に細心の注意を払いながら下った。
左手に分岐する道を2本やり過ごし、花緑公園への分岐を左に折れて、北尾根縦走路に入った。

ここは、湖南アルプスに似た山容で、風化花崗岩が織り成す明るい尾根歩きを楽しめる。
古代峠を過ぎた少し先の狭い小ピークで昼食休憩となった。
先ほどの三上山には、平日にもかかわらず、多くの登山者がいたが、ここ北尾根は、一人の登山者にも出くわさなかった。

30数分後、最後のピーク、妙光寺山に向かって出発した。
振り返ると三上山は、午後の穏やかな陽光を受けて、端正な正三角形に近い形で佇んでいた。



妙光寺山は展望もない230mの山で、2度目の集合写真を撮り、下山にかかった。
滑りやすいザラ場を下って、幅広い出世不動尊の参道に飛び出した。
両側にカエデの木が植えてあったが、まだ紅葉には早かった。
石段の途中から右手奥には、行場があって、石の樋から滝水が落ちており、その脇には不動明王が祀られていた。
門をくぐり、境内に入ると中庭は箒で掃き目が付けられて塵一つ落ちていなかった。

不動尊を辞して、しばらく下ると三上神社前の溜池に出た。



池には鯉が泳いでいて、反対側では釣り糸を垂れる人もあった。三上山が逆さにその姿を池面に映していた。
池の畔で掃除をしていた地元の人が、野洲駅への近道を教えてくれ、ここでも猪除けのゲートを抜け、里道へと出た。
背後には三上山が真近に見えていてmiichan のいった「お子様ランチの日の丸みたい。」という形容には少し小さいが、てっぺんに小旗が翻っていた。
そして、一山終わった満足感をおもいおもい味わいながら、秋の柔らかな日差しを全身に浴びながら、三々五々、野洲駅に向かって歩いていった。


文:ウオンテッド 写真:トレモロ・サンキュー