奈良山友会 山行の記録


たまにはスニーカーで! 日本一低い天保山へ

天保山

大阪市地下鉄中央線朝潮橋駅2番改札前集合

2012年12月4日




<メンバー>
.もっちゃん SL.Teo
ウオンテッド、クー、ころり、どろんこ、
JA、buhiko、ウオンテッド


<コース・コースタイム>
地下鉄朝潮橋9:00 − 9:15八幡屋公園(中央体育館)9:35 − 住友倉庫10:10 − 中突堤 −

10:40天保山10:50 − 天保山渡船場11:00 − 新夕陽丘(昼食12:1512:40)

舞洲清掃工場(見学13:0014:30)JR桜島15:05



 夜来の雨も上がり、リーダーの「予定通り行きます」のメールを受けて、一電車早く家を出た。

 今回の山行は、もっちゃんのアイデア勝である。

日本一に引っ掛けて、チョモさん山出しの富士山に対するしゃれで最低山を出したところがミソ。

個人的にも、郵便局の窓口預金、渡船、JR桜島線(夢咲線)や終着駅桜島駅からの乗車、舞洲工場の見学などといった、

ぼくの興味を掻き立てる企画満載で、始めからワクワク感で一杯である。そして、締めの新世界での串揚げ+αも。


 集合場所の地下鉄朝潮橋駅の改札前には、すでにJAさんとどろんこちゃんの顔があった。

定刻の9時には全員が揃った。

皆の、いでたちは大別して本格的登山派と街着派。登山派はクーさんところりさん。後の6人は街着派である。


今朝はこの時期としては割合暖かい方であるが、主にベイエリアを歩くので、寒さ対策は万全である。

上は、下からアンダー、長袖Tシャツ、薄手シャツ、セーター、パーカーとで5枚。

下は、アンダーとレギンス、コーデュロイパンツの3枚。それに手袋、ニット帽、ザックにはフリース地のマフラーを忍ばせた。


恒例の山行記録のジャンケンをした。この時期にまだ5人も勝ち残っているとは驚きである。

さすがに歴戦を勝ち抜いてきたつわものだけあって、一戦ごとに一人が勝ち抜けるという激戦であった。

最後にどろんこちゃんとの一騎打ちはパーで負かされた。これで連勝記録は19でストップ、実に悔しい。


さて、リーダーの簡単な説明の後、中央体育館のある八幡屋公園に向かって出発した。

案内役はTeoさん。ぼくは一行と暫し別れて、駅近くの港八幡屋郵便局へ。

(この後も、港築港郵便局、此花桜島郵便局と、全部で3局を回った)




中央体育館の建物は土にすっぽりと覆われていて、小高い丘になっている。

名前は公募で「グリーンヒルズ」というしゃれた、というより少し気恥ずかしいネーミング。

ここは絶好のビューポイントで、港大橋のダイナミックな橋梁を挟み、

奥の方にはATCWTCの高層ビル群、手前には海遊館や大観覧車が見える。


これらの大展望を楽しんだ後、ジャカランタの木に再会した。

ジャカランタは南米原産のノウゼンカズラ科の高木で、6月ころ、藤色の花が木全体に咲き、

遠くから見ると、まるで紫の雲が棚引いたように見えることから、和名を紫雲木という。

今年の5月末、九州旅行の帰りに、クーさんやもっちゃん達とわざわざ見に立ち寄った。

公園を歩いている人に聞くと「まだ早い」といわれたが、

幸運にも花のさきがけが、一枝の先に咲いていてくれたのであった。


八幡屋公園を後にして、住友倉庫に向かった。

天気は次第に回復に向かってきたが、風は冷たく、衣服調整を度々しなければならなかった。

住友倉庫の前は石畳の大広場になっている。そして一段下がって海岸べりが広い遊歩道で、

今は折からの上げ潮と吹き付ける海風でびっしょり濡れていた。

この倉庫は赤レンガ建てで、以前ニューヨークのソーホーに倣って、芸術家のアトリエとして貸し出していたようであるが、

「現在」は使われずに森閑としている。小樽や横浜はうまく再利用し、観光スポットとして注目を浴びているが、

USJや海遊館が近くにありながら、この寂れた現状を見ると残念である。



表に回り、海岸通に出ると、舗道や植栽にイチョウの落ち葉が散り敷いていて見事だった。

道路を隔てた築港小学校はどろんこちゃんの母校だった由。

中央突堤を経て、海遊館の傍を抜けて天保山に急いだ。


天保山は、

天保23(18312)に、幕府が安治川を浚渫した土砂で積み上げた築山で、標高は10(20)あったそうだ。

その後、砲台を築造する際の改変や地盤低下、公園の整備などで現在は標高4.53m。

天保山公園の一隅に二等三角点がある。




標柱石は地中に埋め込まれ、敷石と同面なので、何気なく歩いていると見過ごしてしまうほどである。

天保山は、公園の階段下を登山口と見做せば、山頂までゆっくり登っても?(歩いても)5分とかからない。

ここで記念の集合写真を撮った。


天保山渡船場は山頂のすぐ前。小さな待合所があって、外には10人ほどの人が待っていた。



USJへの近道とあって、ここに勤めるスタッフの利用者も多いという。それらしい外人さんも数人いた。

やがて乗船が始まり、船が岸を離れたと思う間もなく対岸の船着場に着いた。



わずか数分の乗船時間であるが、船旅気分をちょっぴり味わえる。しかも無料なのが嬉しい。

この航路に就航する船は「桜」、「海桜」の2隻とのことだが、そのどちらの船だったのかを確認し忘れた。

大阪市内にはこのような渡船場が全部で8ヶ所あるという。(大阪市のHP)


USJの敷地に沿って、舞洲へと向かう。この辺りは大型の産業車がビュンビュンと行き交い、新開地の風情である。

此花大橋は橋下を随分歩いたところで、螺旋のスロープを4周し、やっと橋上の歩道に出た。



ここからの眺めは最高で、北、西方に北摂、六甲連山。東に信貴生駒の山並み。

もちろん、大阪ベイエリアも眼下一望である。



やっと大橋を渡り終え、舞洲清掃工場を左に見て、新夕陽ヶ丘に向かった。

風が強く寒いので、東屋をやめて、日当たりのよい藤棚の下の円形ベンチに2人づつ座を占めて昼食を摂った。


昼食後、来た道を戻り、1時の見学予約をしている清掃工場に急いだ。

清掃工場では、3人の係員の方が、正面玄関で我々一行を出迎えてくれた。

まず5階で、6分のビデオを含むガイダンスがあり、順々に下の階に下りつつ、

ゴミが処理される様子を眼前で見ながら学習していくというスタイルである。

最後までずっと付き添って説明してくれたのが、太田さんという女性であった。

元パッカー車の運転手もしていたという中々明るい方。



この舞洲工場のユニークな建物は、

オーストリアの芸術家フリーデンスライヒ・フンデルトバッサーによってデザイン化されたものである。

自然界には直線や同一形状のものは存在しないということから、建物の各所に曲線が意識的に多用されている。

ティム・バートンの映画に出てくるアリスや鋏男が出てきそうな雰囲気である。


竣工当時は、工事費や氏のデザイン料も含め、税金の無駄遣いといわれたが、

余熱利用で工場内の電力をまかない、余剰電力は売電で数億円を稼いでいるそうだ。

その他にも、自然との調和という観点から、建物周囲はもちろんのこと、

建物の随所に多くの植栽が施され、無機質という清掃工場の先入観を打ち破る役目を果たしている。


見学時間の1時間半はあっという間に過ぎ、係員に見送られて舞洲工場を後にした。

折りよくJR桜島駅行きバスが来て乗り込み、舞洲をぐるっと1周し、駅前到着後、きょうの山行は、一先ず解散となった。

 

2部。1人の落伍者も無く全員新世界へ。

JR新今宮駅で下車して、ジャンジャン町の串揚げ屋「八重勝」ののれんをくぐる。

本山行のキャッチフレーズにあるように二度浸け禁止のルールである。

このスタイルでの串揚げは新世界では初体験。串揚げを沢山食べたにもかかわらず胸焼けもせず、ビール、冷酒も進んだ。

ドタ参のbuhiちゃんのうれしそうな顔。



食後、通天閣は下から見上げるだけで済ませ、天王寺駅までぶらぶらと歩いて行った。

つい最近、ビルの高さで日本一になった「あべのハルカス」が夜空にくっきりと浮かんでいる。


アベノ地下センターで、JR大和路線で帰る皆と別れてから、少し酔いを醒ますために、久しぶりにアベノ界隈を歩いた。


仕事の合間や終了後に立ち寄った店、

たとえば双葉(鰻、おはぎ)、マルヨシ(洋食)、木村屋(コーヒー)、ユーゴー書店、天地書房(古書)の多くが元の場所に無く、

新しいお店が、キタやミナミにあるような若者向きの小じゃれた店ばかりなのにちょっと違和感を覚えた。


アベノ、天王寺界隈は、その後背地が泉州、河内、大和といった地域をかかえているせいか、

少しもさっとした感じが居心地よかった気がする。


天地書房(移転していた)には欲しい本がなく、最初は買った本でも読みながらコーヒーを飲んで帰ろうと思ったが、やめにした。


たまには、山を離れてこんな街歩きもいいものだと思いながら、

また、同じ日本一でも4.53mの低山と300mの超高層ビルの対比を面白いと思いながら、

その「あべのハルカス」の真下の人ごみの中を、JR天王寺駅の方に向かってゆらゆらと歩いて行った。

 


文:ウオンテッド 写真:クー、ころり、JA