奈良山友会 山行の記録

能郷白山って二つ目の山やん!!

2004年12月10日夜〜12日


能郷白山山頂

<メンバー>
L.山遊亭軟弱 山の家 Mt.冨士

<コース・コースタイム> 
奈良(車)−(4h)−テント−(1.5h)−林道終点−(0.5h)−登山口−(4h)−頂上−(3h)−林道終点−1h−テント

 12月の中旬になっても寒くならない今年に雪の山を求めて行って来ました。

 例年の報告を参考にワカンも持って完全装備です。根尾村の谷あい深く林道を深夜に分け入ると、
なんとも薄気味悪く暗闇の中にライトの光りに浮かび上がる一筋だけの道が戻れないような気を放っていました。
しばらくの間に行 き止まりまで着いて、広場 とは云っても濁流の後の筋きりだらけの表面。タイヤが入ると底が当って動けなくなりそうです。
今までの前夜発の山行で感じた事の無い気でした。他の二人に 云って直ぐUターン、人里近くまで戻ってもらいました。
(翌朝気がつけば電柱がテントの横に立っていました。集落から最後の電柱でした。それだけでも人の 気配を感じ有り難かった。)
林道終点から戻ってしまったので、これだけで翌朝林道歩きに片道1時間半を要する事に。

朝からL.が考えて曰く、「これは雪が全く無いのでテントを持たず、空身で頂上をピストンしよか」
予定の山中一泊を一日で一気に済まそう。空身でのピスト ンに「軽いに越した事は無い」と大喜びで出発。
しかし、これが本日10時間強の山行の始まりでした。
夏の10時間でもなく、冬の10時間は最後は17時過 ぎでテントに帰り着くと瞬く間に暗がりになりました。
林道往復3時間でこれも疲れる。

も山はさすがに古くより信仰の対象になるだけにドッシリと落着いた雰囲気で、
「高さだけで山を決めるな」の山でした。林道を詰めてこれより登山道にな るところに小さな沢があって、注意してわたる。

 これから40分程何とも急峻で、これに雪が付いたらどうなるのと自問しながら喘いで登り切る。
堰堤工事の後に残されたままの林道に飛び出て、斜面の登山 口に再び喰らい付いて一気に高度を上げる。
いよいよ頂上部が視界に入って、「これやな。。」と思ってる時にL.があらぬ方向を指差して「能郷白山が見えて き た」。。。

私、「えっ!!」L.の指差す方向を見ればいかにも、名の有る山??
頂上部の広いどっしりと、雄大な姿です。
しかし、それは今立っている山か らは 谷をはさんだ隣と言うか、遥か前方の向うの山ではないか。
「これの上が頂上と違うのか?」思いつつ、しかし、道は山の頂上の左を巻いています。
そして先 ほどの示された山が正面になってくるではないか。今でも谷を挟んで。


前山から能郷白山

 そして、疑いも無く正面の山が能郷白山だと諦めた時、同時に「おおー素晴らしい」と声が!!。
 頂上部に少し雪を溜めています。道には雪が混ざってきました。10cmぐらい。泥道になってきました。
鞍部に降りて、登り直すこと小一時間ついに頂上に 到着。標高差200m弱。これはきつい。
広い頂上部の一角に一等三角点の石柱が埋もれていました。さすがに一回り大きな石でした。


能郷白山頂上から北東方向

 背丈ほどの笹が多い茂る山、360度の展望にどこまでも累々とつずく山、山。
熊野の果無も累々とつずく山並みですが、山と山の間の起伏の大きさが全然違 う。ここまで来た甲斐が有りました。
登りに5時間半を費やしていました。これより元来た道を戻ってテン場へ。4時間でした。
帰りの急坂に足がもちませんで した。残り1時間ちょいの林道歩きで足を引きずっていました。


能郷白山より前山   ここを登って着ました。

 この山行は「前山と能郷白山」の二つの山を同時に登っています。
そもそも「前山」ってのが可哀想です。これだけでも立派な稜線を持って、能郷の頂上から 見る「前山」は一つの山でした。
能郷白山の横に在るだけで、たまたま通り道に当るだけで、それの「前山」と呼ばれて。可哀想。
能郷白山のもう一方の登り口 の温見峠から登ればこれは「後ろ山」になります。
よって私が固有名詞たる良き名を考えました。
根尾村は能郷谷の奥に鎮座する山だけに「能郷奥山」と。 (失ッ礼しました。)

 でも今回の山行は「能郷白山」に行こうとやって来ましたが、
実は前山(能郷奥山)に登って縦走をかけて、隣の能郷白山にも行って来たといっても云い。以 上勝手に書きました。


文:山の家 写真:Mt.冨士