奈良山友会 山行の記録

かめさんチーム登山バス発車オーライ
祖谷に癒され二日間、時を忘れて 四国
剣山

2003年10月25日(土)〜26 日(日)両日晴天



参加者23人

<コース・コースタイム>
 《25日》 近鉄平端駅7:30集合 マイクロバスに乗車 見ノ越−西島−大剣神社−剣山(1954.7m) 山頂ヒュッテ 泊
《26日》 小屋−剣山山頂−次郎笈峠−次郎笈(1,929m)−スーパー林道分岐広い鞍部−
丸石(1,683.8m)−丸石避難小屋−国体橋−奥祖谷二重かずら橋


 近鉄平端駅を少し遅れ出発、第二阪奈道路・阪神高速道路東・湾岸線・神戸線、垂水 JC−明石大橋を渡り神戸淡路鳴門自 動車道
大鳴門大橋を渡り板野IC−一般道−徳島自動車道路 藍住IC−美馬IC−国道438号線−見ノ越

阪神高速道路の渋滞で到着時間が、遅れ予定の変更を余儀なくされる。
走行中の車窓風景は、大阪の中心部を通り・UFJ・海遊館と右に左に広がり賑 やかな車内の話題には事欠きません。
途中、休憩の淡路ハイウェイオアシスでそれぞれ昼食を購入いざ一路南下、
室津PAを通過した頃から播磨灘に浮かぶ筏が 目立ちはじめ"魚""わかめ"かと話題に。淡路南PAを通過、
鳴門海峡に架かる大鳴門大橋から渦潮を楽しむ。見落とした方は、帰りのお楽しみに。
板野IC で降り、一般道を走行し藍野ICから徳島自動車道に入る。

右に讃岐山脈左に吉野川沿いに開ける町並風景を楽しみ美馬ICで降りる。国道438号線 道の駅  貞光ゆうゆう館で休憩の後、
まだ色づく気配のなさを残念に思いつつ山間に流れる清流貞光川沿いを進む。
国道と言っても一車線対向車をどうのように交わす のかドライバーの技術が発揮される二日間になりそうです。
心にハンドルをしっかり握り締め右に左に揺れ任せ。流石、選んだドライバーさんとマイクロバス。
狭い道もなんのそのバックなんてちょちょいのちょい。車内中、いろんな言葉が飛び交いもう賑やか。
私は、一宇峡の峡谷を眺めたい気持と重なり一喜一憂複雑 な心境です。
"一宇村巨樹王国"の大きな看板のトンネルを抜ける。五所神社の秋祭りの神輿を担ぐ赤松氏子の半被を羽織った方達と出会う。
最近の神輿は、軽 トラックで?祭りも様変わり。

剣山スキー場まで25Kmの標識辺りから色づきはじめ、
明渡橋・川又・剣橋・剣川橋・つづろ堂とカーブを繰り返した頃、山々 の頂きに紅葉の助走を感じ取る。
いつの頃からか川と袂を分ち高度を上げ左右に広がる木々の色づきを愉しむ程に慣れとは、実に不思議なものです。
杉林の第一 ヘアピン・標高800mの第二ヘアピン・大きなブナの第三ヘアピン・剣山ドライブウェイをジグザグ走行、
第四・第五・標高1,200mの第六ヘアピン・かす とり谷を過ぎ第七ヘアピンを越え剣山スキー場。
トンネルを抜け一宇村から東祖谷山村へと名前も変わり漸く、13時28分見ノ越(1,400m)到着。

13時45分リーダーを先頭にチーム別に一列最後にSLで出発。
ドライバーさんが宿泊する民宿前を通り剣神社の 石段を登る。登山道は、山行の無事を祈った本殿前を右に折れた所です。

ひっそりとした佇まいを魅せる自然林、
陽も傾き色合いの異なった落葉の重なりを木漏 れ日が、前から時には右から優しく照らす静かに幕が上がった剣山登山です。
所々に霜が霜柱がそして薄っすらと雪が積もりその傍らに可憐に咲くりんどうの 花。
見上げる空は、あくまでも蒼く。稜線に架かる空は、白い雲に合わせるかの様に淡いブルー。

途中、衣服の調整しながらリフトの下を潜りジグザグに進む。 西島神社・太鼓くぐりを通過14時45分西島に(1,750m)到着。
山を下る沢山と人達と出会う。
目の前に広がる山また山の美しい世界を何と表現すればい いのかなぁと頑なまでも頑固なアイスクリームと格闘し考えた。
スプーンは、ものの見事に縦に折れあぁ〜悲しい。
でも、私の得たものは、トロリと蕩けた幸せ 気分と素晴らしい景色にもう最高。
余韻に浸る間もなく、鳥居前を右に折れ大剣道コースに入ります。

目先に見える木々の枝には、既に葉もなくそれ以上に気掛 かりな立ち枯の多さです。
15時18分大剣神社到着。西に塔丸その向うに三嶺を。
神社背後にそそり立つ御神体の巨大な御塔石、90m下れば味わえる百名水 のひとつ冷水涌水の御神水で渇いた喉を潤せないのが凄く残念でした。
また、次があるさと後ろ髪を引かれつつ神社を後にする。振り返り観る御塔石は、確かに 剣の形を成し山名の由来も為るほどと納得。
尾根道と合流し宝蔵石神社と隣接する15時30分頂上ヒュッテ到着。
リックを下ろし身軽に頂上へアタックです。 山小屋横の石段を上がると広大な平原状の平家の馬場。
今は、花は何もなくその上に保護用に架けられた木道を一等三角点剣山頂上へと足を運び記念写真。

山頂 にはケルンが積まれ360度遮るものは何もありません。
明日、登る次郎笈への稜線は、見る者にピクーナのケープを羽織っているかの様な錯覚を与え、
優しい表 情を投げ掛けその向こうに見える美しい稜線を描く三嶺の山々までも見渡せる事が出来ました。
振り返ってみると今日歩けなかった一ノ森の姿。一歩足を踏み入 れたくなった私。
見晴台から一ノ森に続く道すがら見渡す景色は、本当に絵葉書。山の頂きの緑と茜色の空が重なり幻想的な世界を醸し出します。


山頂から一の森方面を望む

頂上ヒュッテは、山小屋なのかしらと思わずびっくり何とお風呂が。
夕食には、地元特産品の"あめご"をはじめ蒟蒻・柚子を使った料理に、お蕎麦に
真っ白な 新米が川の幸・山の幸が、お膳一杯に所狭しと並べられ食欲をそそります。ビールで乾杯。

解散後、それぞれ持ち寄った食後のおしゃべり会は、笑いが絶える事 無く時を刻み、
窓を開けて下界のちらちらする灯りの近さにびっくり。疎らな星にがっかりと思いきや寒さに耐えて石段を登った人は、
満天の星に天の川も観察出 来たそうです。

熱いお風呂、手足を伸ばしてゆっくり眠りに。明日は、起床4時45分・朝食5時30分・6時出発。

6時7分 強風吹き荒む中出発、山小屋の片隅に厚い氷。霜の石段を登り少し歩く。

霜で真っ白な木道歩きは、強風に押し流された霧の猛威との戦いの連 続。
流れる霧の切れ間からやっと夜明けの気配を感じ取る。
剣山山頂 6時16分綺麗な綺麗な御来光。


山頂からの御来光

霧が周りの景色を刻一刻変化させ高山で起こる珍しいブ ロッケン現象を体験する機会を得ました。
背中から太陽が照らし前方の霧に反射して後光を背負った私の姿が霧に映っている。
霧は、うたかたの−の様に、い つの間にか消え去りササに覆われた稜線だけが次郎笈へ繋がっていた。

急坂な下りは、霜で凍てつき注意するリーダーの声が響く。慎重に・慎重に下る。
次郎笈 峠辺りで少し余裕が尾根を挟み左側の山々は朝の訪れを陽射しで感じ取り、
右側の山々は、頂上付近が漸く赤く染めはじめたばかり、
下をゆっくり流れる祖谷川 は、静寂の世界じっと息を潜めて夜明けを待っているのでしょう。


次郎岌

7時15分次郎笈(1,929m)到着。360度目のパノラマ世界ここから望む剣山の雄姿 は、本当に素晴らしいの一言です。
少し戻り、両サイドをササにエスコートされ急坂を下る。
朝露にキラキラ光り揺れるササの下に咲くりんどうの花を愛しく思 い剣山スーパー林道を丸石へと足を運ぶ。


丸山に続く笹原

いつしかササは、伸びはじめ埋もれそうになる高さに。道を見失うまいと掻き分け掻き分け必死で歩く。
途中の立ち休 憩を挟み最後の登り8時38分三等三角点丸石(1,683.8m)到着。

大きな大きな次郎笈・徐々に遠ざかる剣山の姿をいつか又と思いつつ丸石を後にす る。
下りはじめると様相は一変、針葉樹のウラジロモミの木が目立ちはじめ立ち枯・落葉樹・ササの密度も低下。
9時20分丸石避難小屋到着。景色は、またま た一変し黄色に色づいた落葉樹林帯を右に左に楽しみながらジグザグ行進の坂道。


自然林の中を下る

黄色の中に赤く色づいた紅葉を見付けた頃は、もう山行も終わりに近づてきま した。10時20分国体橋到着。

写真チームが、先行し清流 丸石谷川を左に眺め足を進める。祖谷川と合流11時奥祖谷二重かずら橋到着。
"男橋"から見上 げる丸石は、真っ赤に染まった僅かなもみじを真綿で包み隠くすかの様に全山を黄金色に染めこの秋の有終の美を飾っていた。

  バスに乗込み、いやしの温泉郷へと出発。
いやしの湯で汗を流した後の集合場所の円卓には、差し入れの"さつまいも""枝豆"を、いろんな飲み物で囲み 昼食待ち。
何が起こるか分からないのが面白い。お昼はお預け。

ドライバーさんの機転で昼食場所を変更し大歩危 "まんなか"を目指し国道439号線を直走 る。
途中、屋島から祖谷に落ちた平家か、山の頂近くに幾つもの集落に目が。
土佐への国境越えを叶える祖谷の夢の架け橋の実現を心待ちに生涯を終えた落人の 末裔でしょうか。
今尚、不便な生活を継続しているなんてと勝手に想像。
奈良交通から派遣された云う懐かしいボンネットバスとも擦れ違う。

祖谷川を渡り国道 32号線と合流し大歩危方面へと向かう。
お供は、右に流れる祖谷川です。大歩危 "まんなか"到着。鮎の塩焼きにお腹も大満足。これで準備OK。

国道32 号線を北上。徳島自動車道 井川池田ICから高速に入る。
美馬町付近に差し掛かった頃、右手の山の頂上からパラググライダーが飛び出した2機に気付かれた 何人いらっしゃったかなぁ?
こんなに離れた高速道路から見えるのだからさぞかし実物は、大きいのでしょうね。
ここ三頭山は、四国一のパラググライダーの メッカだそうです。
藍住IC−一般道−神戸淡路鳴門自動車道路 渦潮は小さかった淡路島南PA
思わずうっとりした夕陽−帰りの車中は、様々な香りの液 体・固体が寄せては返す波の様に・渦潮の様に大移動。
後は、日本シリーズの放送を待つばかりです。

リーダーが、じっくりと温めた"かめさんチーム登山バス 四国 剣山"祖谷に癒され二日間、時を忘れては、幕を下ろします。

詠んでみました

朝霧と笹と戯れ次郎笈
山路行くりんどう峠露の下
朝日背にたなびく集いブロッケン


もうひとつの"剣山"
三代将軍 家光の頃、天草の乱に破れた落人達が最後に頼ったのが、一代の英君と仰がれた阿波 蜂須賀家三代国主の義伝公。
匿った場所が剣山。義伝公に幕府 より毒殺の旨を受け、嫁いだ家光の姪の奥方。
徳川家に対する阿波の恨みは、代々藩士・原士も肝に銘じ幕末の世まで受け継がれていく。
水陸27の関を設け他国 の者を厳しく監視し捕らえた間者は、剣山の間者牢に終身封じ込めるのが掟。
阿波の国に謀反ありと潜入した、甲賀世阿弥をお綱と共に救出しようとした法月弦之 丞。
十年余りを間者牢で過ごした世阿弥は、半生を暗闇の中で送り不遇な生涯を終え、亡骸は法月弦之丞の手により剣山奥深く眠っていると云う。
吉川英治の" 鳴門秘帖"です。
その間者牢の前に立ち、瞼を閉じ耳を澄ませ法月弦之丞が奏でる宗長流 山千禽を心に留め置きたかった。
でも、今は訪れる人も無く忘れ去ら れ標識すら消えもうひとつの"剣山"に出会えなかった。



文:麗  写真:ころり