奈良山友会 山行の記録

京都東山縦走
伏見稲荷〜蹴上〜大文字山
ゆっくり歩いて山を楽しむ「かめさんチーム」山行

2002年6月16日


新記録、何と39人の参加者

<コース>
JR稲荷駅−伏見稲荷大社−泉涌寺−清水山−将軍塚(昼食)−
インクライン−日向大神宮−大文字山−大文字火床−銀閣寺


奈良山友会に入会させて頂いてから、私にとってデビュー山行にと、"カメさんチーム"と 言うチャーミングな名前に惑わされて(?)参加させていただきました。

 梅雨だと言うのに暑い日が続き、本日も記録的多さの参加者数と、真夏日という天気に励まされて、JR稲荷駅に到着。
小さな駅舎が山友会の面々でいっぱい になってしまいました。参加者を確認し、3グループに分かれてスタート。

 駅前すぐの伏見稲荷大社は、 和銅四年(711年)秦氏による創建といわれ五穀豊穣・商売繁盛の神で全国稲荷社の総本社です。
赤い鳥居(千本鳥居)が立ち並ぶ参道を奥社、三ツ辻、四ツ 辻と続き、四ツ辻からの市街地の向こうに愛宕山からポンポン山への眺望を楽しみながら一息をつきます。
再び参道が続く間、あるメンバーの奥様が「京都の町 歩きは好きだけど、汗だらけになって山へ登るご主人の気持ちが理解できない」と言われたというお話を聞き、
以前は私も奥さん側の人間だったなと苦笑するう ちに、泉涌寺に到着。

 泉涌寺は 天長年間(824〜834)に弘法大使がこの地に庵を結び、法輪寺と名付けられた後、
一時仙遊寺(せんゆうじ)と改称されたあと、建保六年(1218)に 月輪大使が宋の方式を取り入れた大伽藍を営み、
寺の一角より清水が涌きでた事から、寺号を泉涌寺(せんにゅうじ)と改められ現在も涌き続けているそうで す。

泉涌寺から住宅地を抜け、途中消防訓練をする人々を横目に山道に入り、ゆるやかなアップダウンの道を行くと、豊国廟への分岐。
豊臣秀吉の墓所、豊国廟を知 らなかった私は、
ここでの感想と言えば池の上のカエルの卵(水面から約5m上の木に卵を産んだカエルさんに感動してました。)と国道越えです。最大の難所 かも(?)

 ここから清水山への山道を登り、ピークで右に入って清水山三角点を確認し、戻って将軍塚へ向かいます。
本日の昼食は将軍塚との事で、暑さと地面の照り返 しでやたら水分補給をしていた身が、食事と聞いて大喜び。
いつものインスタントラーメンと皆様からのお裾分けに感謝しつつ我に返ると、
ドラムの喧しい音 (駐車場でドラムの練習をする若者がいたのです)に閉口するのと、この場の暗さに気づきました。

 ここは初めて征夷大将軍に就いた坂上田村麻呂の墓であると伝えられ、暗さが静けさを演出し、
ロマンチックさを夜景が包むんですから、夜にはカップルがた くさん来るとの事も頷けますね。
そしてヤケクソにドラムをたたく青年と、汗する中年ですか・・・平和ですね。

 
左:清水山三角点                  右:将軍塚展望台

 将軍塚から蹴上に向かい、普通ならここで良い古都見物でしたね・・・で終わるんですが、
我らが"カメさんチーム"、こんなのでは終わらさへんで 〜とここからもう1コースとばかりに、益々勢いを持って進むではありませんか?!
「こんなん、カメさんチームと違う〜!」という声には、「ただのカメさんと 違うで、山友会のカメさんやで〜」とリーダーのお言葉に、
ネーミングに騙された!と感じた時には、すでに遅しで進むしかないな、とインクライン跡で覚悟を決 めた私でした。

 インクラインは、琵琶湖疎水発電や水道に利用されましたが、もう一つの目的は物資の輸送であり、
琵琶湖周辺から京都まで疎水を通って舟で物資輸送をし、蹴 上から西はかなりの勾配があって舟を通せないので、
舟をレールに載った台車に積んで、ロープでスピードを制御しながらゆっくりと運んだのだそうです。
煉瓦 積みの高架や発電所跡とともに古き明治の面影を残しています。
ここより石橋を渡って急坂を登ること10分程、日向(ひむかい)大神宮前 で一休み、
木立から吹く風が心地よく、新緑もすてきですが、紅葉の時期の美しさを思いながら境内の鳥居をくぐります。

日向大神宮は京都の伊勢神宮と云わ れ、天照大神を祀る神社で内宮からひと登りした所には、「天の岩戸」があり「開運厄よけの神」が祀られているというので、
皆で厄よけ「天の岩戸くぐり」を し、尾根を登り急坂を進みます。

 所々分かれ道が有りますが、大文字山への標識をたよりに七福思案処を過ぎ、木漏れ日に誘われながら額に汗し、山登りを楽しみます。
しかし、今日はやたら に喉が乾き、「東山41」の標識あたりでは、2.5リットルのお茶を飲み干してしまい、残るはラーメン用のなま暖かくなった水のみ。
集団となると分岐点の 確認はリーダー任せで楽なのですが、行程の進み具合がわからない。
低山と言うことも有り、油断しすぎと一人反省しつつ、列の乱れも気にしながら、大文字山山頂に到着。
ここからはグループもなく、さっさと大文字火床へ。

 
大文字火床からの展望

 いつも思うことですが人生と一緒で下るのは速い。
「でも、膝を痛めるのよね。」などと独り言をいいながら、大文字火床前で全員揃うのを皆さんで待つこと になりました。
と云うと聞こえは良いのですが、大文字火床は木もなく視界が開け、照りつける太陽の下に出る勇気がなかった事と
、ここからでも京都市街が望 めるので、木陰が休憩場所に調度良かったため、全員揃うまで動きたくないって感じでした。

 全員揃ったところで銀閣寺へ。すれ違う人も多く、180度の展望が目当ての方々かしら、と思いながら挨拶を交わします。
階段状の下りを降りていくと、所 々金網で頭上を覆う枠があり、その上にリフトのロープが見えます。
大文字の火床に護摩木などの荷物を運ぶらしい。このあたりから、林の中なので太陽が照り つけることもなくご機嫌に下山。
途中湧き水をバイクで持ち帰る地元の方がいて、おいしいのかなと思いつつやり過ごし、銀閣寺裏山終点(?)でリーダーが全 員確認。
銀閣寺の参道を下ります。両側に土産物店やお洒落な飲食店が並ぶ中、お疲れ気味の中年リュック軍団のお通りです。

 振り返れば今、登った大文字山が見えました。銀閣寺から京都駅までバスの長かったこと。
この距離を歩いたんだと思うと疲れがドット出ました。「銀閣寺か ら京都駅まで歩いて帰れませんか?」と質問した私は愚か者でした。
 カメさんチーム万歳!乾杯!完敗。


文:どろんこ 写真:漫歩計、円の亡者


大文字山山頂